渋谷のハロウィン事件
4万人の中から見つけ出す
山梨県富士吉田市にあるアパートの一室。呼び鈴が鳴ったのは12月5日午前7時を少し過ぎたころだった。外には警察官5人とパトカー3台が待機している。
応対したのは家主の妻。相手が「ホシ」でないことがわかると、警察官はこう尋ねた。
「警察の者です。お孫さんはいますか?」
しばらくして、玄関に男が現れた。突然のことに動揺を隠せない祖母とは対照的に、事情を察してか、諦めたようにガックリとうなだれている。
「悪いね。こんな時間にビックリしたでしょ。何で来たか、わかるよね?」
「はい」
こうして、暴力行為等処罰法違反の疑いで逮捕されたのは、土建業の川村崇彰容疑者(22歳)。10月28日未明、ハロウィン前の渋谷センター街にて、横転させた軽トラックの上で半裸になって騒いでいた若者といえば、ピンとくる人も多いだろう。
時を同じくして、他3人の男も川村容疑者のように捕まっている。
際立って悪質な行為だとして逮捕されたのは4人だが、警視庁は他にも事件にかかわったとされる11人を特定。外国籍の5人を含む17~37歳の男計15人を一網打尽にした。
捜査員の間では「クレイジーハロウィン事件」と呼ばれた一連の暴動によって、車の横転・損壊だけではなく痴漢や窃盗等の被害も相次いだ。若者たちの狂乱ぶりは映像とともに報じられて、大きな話題となった。
事件が起きた10月27日の夜、渋谷には4万人超が集まっていた。
ただでさえ、渋谷のセンター街は人波でごった返している。それに加えて、当日はハロウィン前の最後の週末。仮装して動き回る人も大勢いた。
普通に考えたら、そんな狂騒の渦中にある群衆の中から、特定の人物を探し当てるなど不可能に近い。干し草の山から針を探すようなものだ。
いかにして、43人の捜査員は「軽トラ横転」犯15人を特定したのか。そこには、防犯カメラの技術革新と、犯人を追い詰める専門部隊の姿があった―。
「事件翌日、警視庁は所轄の渋谷署以外にも、捜査1課の捜査員を投入。渋谷を中心に合計約250台の防犯カメラの映像を回収したほか、当日の渋谷を撮影しネットに上げている人を見つけ、スマホを提出してもらうなどして、特定したそうです」(警視庁クラブ記者)
ある警視庁関係者は、捜査についてこう語る。
「当日からすでに、警備にあたっていた部隊とは別に、遠くから群衆の動きを撮影する私服警官も出していたようです。
人が多すぎて、その場で逮捕することは難しかったかもしれませんが、暴れている人を撮影する指示を出しておけば、後で捜査する上での重要な資料になります」
捜査の中心を担ったとされる捜査1課は、殺人や強盗といった凶悪事件を担当する部署だ。そんなプロ中のプロの刑事たちもかかわっていたというのだから、警視庁の本気度がうかがえる。
「本部の捜査1課が乗り出すのは異例です。本来は渋谷署の刑事課で十分。一番の狙いは抑止効果を高めることですが、東京五輪の暴徒対策を兼ねたデモンストレーションと考えることもできます」(前出・警視庁関係者)
「画面右に消えたぞ!」
現場の映像から容疑者の外見を特定した後は、移動方向にあるカメラの画像を次々とたどっていく「リレー方式」で足取りを追った。具体的には、こんな具合だ。
「軽トラックから降りた男が、井ノ頭通りに向かって右に消えたぞ」
「捕捉しました。続いて西武百貨店を通過、千鳥足で渋谷駅に向かっています」
「画面左上に男を確認。ハチ公口からJRの改札に入った模様です」
そこから、ICカード乗車券の履歴や聞き込みの情報と組み合わせ、路上から駅へ、駅から自宅へと容疑者を追跡した。
SuicaなどのICカード乗車券は、すべてにID番号が割り振られている。改札を通過した時間帯がわかれば、降車駅も特定できる。
そのカードが定期券やクレジットカード機能も備えている場合は、名前や住所さえもわかってしまうのだ(JR東日本の広報担当者に問い合わせてみると、「捜査に関係することは一切お答えできない」)。
「センター街には、警視庁が防犯カメラを20台設置しています。もちろん、設置されているカメラは警視庁のものだけではありません。1階に店舗を構える路面店の多くは、防犯カメラを設置している。そういったところが、映像を提供していました」(渋谷センター商店街振興組合理事長の小野寿幸氏)
本誌がセンター街周辺で聞き込みをしたところ、警視庁のカメラがないメイン通りの出入り口にある店舗や、脇道にある店舗には、くまなく捜査員が訪れていた。
実際に警察から映像提供を求められた店舗の従業員は、こう振り返る。
「事件の翌日、営業が始まって早々に警察の方が『監視カメラの映像を見せていただけますか』とやってきました。聞かれたことはそれだけです。それから、該当する時間帯の映像をUSBメモリにコピーしていました」
専門部隊「SSBC」を投入
各容疑者が渋谷駅に入る映像を確認した捜査員は、つづけて駅構内の防犯カメラや、ICカード乗車券の履歴などを一つ一つチェックしていく。
容疑者が切符を使った場合は、乗り込んだ電車の方向が判明すると、通過する駅のカメラ画像に車内の男が写りこんでいないか、見逃すことなく目視で追いかける。つまり、容疑者の経路を繋ぎ合わせていく作業を続けていくのだ。
容疑者の一人が住む東京都世田谷区桜新町の商店街を訪ねてみると、事件後に捜査員が「監視カメラを見せてください」と依頼していたことがわかった。
こうして、冒頭の逮捕劇につながったのだ。川村容疑者も、渋谷から約80㎞も離れた自宅まで追跡されるとは思いもしなかっただろう。
この途方もない特定作業を行ったのは、捜査1課だけではない。「警視庁SSBC」という専門部隊の分析捜査係員も捜査に加わっていた。
著書にSSBCについて取材した『警視庁科学捜査最前線』がある、警察組織に詳しいジャーナリストの今井良氏が語る。
「’09年に警視庁刑事部に設立されたSSBCは、捜査1課や機動捜査隊など警視庁プロパーの刑事出身者や、民間から特殊技術を買われて中途入庁した特別捜査官から構成されています。防犯カメラ画像の収集と解析、画像による顔照合、SNSの解析などを行います」
つまり、彼らがリレー捜査で犯人の足取りを画像解析して追いかけたというわけだ。では、具体的にどのように動いていたのか。今井氏はこう続ける。
「SSBCは、防犯カメラ画像の収集に全力を挙げます。今回も、彼らはノートパソコンを現場に携行し、映像を取り込みました。そして、すべてのデータをホストコンピューターに送っているのです。
こうして集まった膨大な『点』を『線』にするデジタルな実務を担いました。この作業で、渋谷から各容疑者の自宅周辺まではおそらく2~3日で到達しているはず。
防犯カメラがない道路もあるので、そこから先は捜査1課などの捜査員が周辺で聞き込みをして、自宅を特定したと思われます」
たしかに、防犯カメラは凄い。ただ、常に見られているというのは、気分のいいものではない。
発売中の週刊現代では、この他にも’11年の東京目黒区老夫婦殺害事件での事例や、最新の「顔画像識別システム」についても特集で詳述している。
引用元
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58997
これは凄いですよね。カメラの技術もそうですが、執念も凄いです。